アジア人で、一番成功しているプロテニス選手の錦織圭。
当然、現在は莫大な年収を稼いでいるわけですが
プロ転向当初からの年収推移は、どんな感じなんでしょう?

そして、一時は世界ランキング4位まで
上がった錦織圭ですが、現在は少し下がり気味のようです。

その世界ランキングの推移と、最新のランキングは?

調べてみました。

 

錦織圭プロフィール

錦織圭のテニスは、5歳の時
父親からプレゼントされたラケットを使った、
壁打ちから始まりました。

父親が圭に何故ラケットをプレゼントしたかと言うと
圭も入れた家族4人一緒にテニスをしたかったから。

錦織圭は、テニスを始めてから1年たって、
松江市の「グリーンテニススクール」に入りました。

そこで錦織圭は第一の恩人柏井正樹に出会いました。

錦織圭は柏井に6歳から中学校1年生までの間
指導を受けました。

錦織圭を指導し始めて、すぐにその才能に気付いた柏井は
通常のコースレッスン以外にも、
料金の追加なしで個人レッスンを行なうほど
熱心に指導しました。

そして錦織圭が小学5年生の時に、
第二の恩人松岡修造と
修造チャレンジという合宿に参加して出会いました。

錦織圭の才能は、合宿参加者の中でも群を抜いていたようで
松岡修造は、圭のメンタル面の強化をメインテーマにして
指導しました。

今の錦織圭を作り上げたのは、本人が元々持っていた才能、
それに加えて努力を重ねたのは勿論の事

テニスを始めるきっかけを作ってくれた家族、
初めに圭にテニスをコーチしてくれた柏井、

そして松岡修造と出会った事が、錦織圭と言う
アジアでトップの選手を生んだと言って良いでしょう。

 

松岡修造は自身のブログで
錦織圭のウインブルドンについて、こう書いています。

「僕がプロになったときに掲げた夢。

それは、ウィンブルドンのセンターコートでプレイすること。
96年、僕は夢の舞台で戦い、
そしてプレイ中(まさに夢の中)で感じたことがあった。

『この聖地で日本人選手に戦ってほしい。僕と同じ感激を味わってほしい。』
と全身から感じたことを思い出した。

その夢舞台で、錦織圭が戦った。

僕は今日、圭とウィンブルドンのセンターコートで戦った。

第4セット 圭の心が途切れた

圭は、いきなりジョコビッチのサーブをブレークするが、
すぐさまブレークバックされる圭。

疲れがでたのか集中力が欠け、足が止まってしまいプレーが単調に。

そのまま時は淡々と過ぎていった。

そんな中でもジョコビッチは声を出し、自分を奮起させ、
圭の様子をうかがいながら一気に突き放そうとギアをあげていく。

そのギアが途切れることなく、
最後まで心のエンジンをかけ続けたジョコビッチ。

辛い言い方だが、最後まで心がタフだったのはジョコビッチだった。
粘り強い、そしてタフなメンタル。

錦織選手が最も欲しいものをジョコビッチは持っている」
(引用元 日々の思いを本気で伝える!修造コラム)

錦織圭の世界ランキングの最新は?

現時点での世界ランキングTOP10は

1位 ラフィエル・ナダル


2位 ロジャー・フェデラー


3位 アレクサンダー・ズベレフ

4位 ユアン・マーチン・デルポトロ


5位 ケビン・アンダーソン


6位 グリゴール・ディミトロフ

7位 マリン・シリック


8位 ジョン・イスナー


9位 ドミニク・ティエム


10位 ノバック・ジョコビック

となっています。

日本人のランクは錦織圭が28位で、
杉田祐一が69位に入っています。

錦織圭のウィンブルドン終了後のランキングは
20位になるようです。

錦織圭の世界ランキングの推移は?

2007年 286位
この年にアマチュアからプロに転向しました。

2008年 63位

2月17日、錦織圭は、アメリカ・フロリダ州で開催された
デルレイビーチ国際テニス選手権で
予選から勝ち上がってゆき、初めて進出した決勝戦で

世界ランキング12位、第1シードの選手
ジェームズ・ブレークを見事破り、
ATPツアーでの初優勝を獲得しました。

日本人男子テニス選手がATPツアーを制覇したのは、
1992年4月に韓国オープンを制覇した松岡修造以来の
16年ぶり2人目の快挙でした。

又この年の全米オープンで、当時世界ランキング4位の
ダビド・フェレールを倒しベスト16に輝きました。

2009年 418位

この年の5月に右肘の疲労骨折が判明
8月に受けた内視鏡手術の影響で
この後のツアーの欠場を余儀なくされ長期離脱しました。

2010年 98位

前年の長期離脱の影響で一時ランキングが消滅しました。

しかし4月に799位から再スタートを切ることが出来、
98位まで一気に巻き返しました。

2011年 25位

この年の10月、ついに松岡修造の持つ日本人最高位46位を
大幅に塗り替え30位に躍進しました。

11月のスイスインドアテニスで当時世界ランキング1位の
ジョコビッチを破る快挙をあげました。

日本の男子選手がシングルスで世界ランキング1位の選手に
勝つことが出来たのは、これが初めての事です。

2012年 19位
全豪オープンテニスでベスト8を獲得しました。

全豪オープンで日本男子選手がベスト8を獲得したのは、
佐藤次郎、布井良助以来80年ぶりの事になります。

又、4大大会で日本男子選手がベスト8を獲得するのは、
1985年ウィンブルドン選手権で
松岡修造がベスト8を獲得して以来17年ぶりになります。

2013年 17位

2月に開催された全米国際インドアテニス選手権において、
全試合ストレート勝ち収めツアー3勝目を挙げました。

5月初旬に開催されたマドリードオープンテニスで、
第2シードで前年度チャンピオンのロジャー・フェデラーに勝利する
大金星をあげました。

12月に現コーチのマイケル・チャンを迎えました。

2014年 5位

初のトップ10入りを果たすことが出来ました。

8月に開催された全米オープンテニスで準優勝を獲得して、
ATPツアーファイナルズでベスト4を獲得し
このシーズンを終了しました。

2015年 4位
世界ランキング自己最高位の4位を獲得しました。

日本人が世界4位を獲得したのは1995年のクルム伊達公子以来です。

2016年 4位
この年、3年連続でATPツアーファイナルへ出場を果たしました。

2017年 22位

この年は怪我(右手首負傷)によりツアーを途中で離脱してしまいます。
それに伴い、ランキングもジリジリ下降してしまいました。

こうして錦織圭のランキング推移を見ると、
プロ入りした当初はロケットスタートしたように見えましたが、

2009年から2010年にかけて、
テニス選手に付き物の怪我に悩まされる事になりました。

当然、ランキングも急降下の憂き目を見ます。

しかしその後、2010年に復帰してから
凄まじい追い上げぶりでした。

しかしその後も、錦織圭は怪我に度々悩まされます。
その度に試合を欠場したり棄権することになりました。

しかしその後のトレーニングの成果により
錦織圭は以前よりも体がうんと強くなっています。

そして、名コーチであるマイケル・チャンとの出会いにより
錦織圭はランキング10位の壁を破ることが出来ました。

錦織圭は小学校の卒業文集で、こう書いています。
”夢は世界チャンピオン”

世界チャンピオンの意味は
世界ランキングで1位を獲得する事か
グランドスラムで1位を取ることのどちらかでしょうね。

グランドスラムの優勝は錦織圭が名実ともに世界一になる
第一条件だと思います。

もしポイントを積み重ねて何とか世界ランキングで1位を獲得しても
世間からは「無冠の帝王」と言われてしまうでしょう。

錦織自身、以前「世界ランキングのことはそんなに気にしていない」
と言っていました。

錦織圭は世界ランキング1位を獲得しても
グランドスラムで優勝する事ができなければ
あまり意味が無いと思っているのでしょう。

錦織圭が名実ともに世界ランキング1位になるには
まずグランドスラムでトップを取ることが前提条件となるでしょう。

錦織圭が、それを成し遂げるためには、
何を身につけたら良いのか、ちょっと考えてみました。

①精神面の強化

2015年全仏オープンの準々決勝ツォンガ戦の時は
試合の途中まで頭が真っ白の状態で戦っていました。

そのため偶然訪れた試合の中断の際に、
コーチのアドバイスで自信を取り戻しましたが
結局間に合わず、4時間のフルセットを戦った末
ツォンガに押し切られることになりました。

続く2016年も自分にとっての流れが悪くなると
ミスを連発し簡単に負けてしまう場面が何回か見られました。

ここはマイケル・チャンのアドバイスに従って、
どんな状況でも自信を失わないことが大事になってきます。

そしてトップクラスの選手のジョコビッチやマレーのように
ポイントへの強い執着心も必要です。

そして錦織圭は、試合中に集中力が途切れてしまう事がしばしば見られ、
大事な場面でポイントを落としてしまうことがあります。

全仏オープン2017の準々決勝マレー戦の際も、
セットオールで第3セットタイブレークまで持ち込んだのですが、

その時点で集中力が切れてしまい、ミスを連発し、このセットを落としてしまい
そのままズルズルと崩れてしまいます。

トップクラスの選手に勝つためには、
こういった大事な場面で集中力が切れない事が大事です。

②セカンドサーブをもっと強く打てるようになる

錦織圭のファーストサーブは以前より、かなり速くなりましたが、
これがセカンドサーブとなると相手に強く打ち返される事が多いです。

相手にとってのチャンスボールになりがちですね。

ここのところ、1本目と2本目の強さが変わらない
ダブルファーストを打つ選手が増えてますから、
錦織圭にも、1本目と同じくらいの勢いのセカンドサーブが欲しいですね。

③リターンゲームでもっと相手にプレッシャーをかける

錦織圭はビッグサーバーとの対戦には少し弱い感じがします。

相手に簡単にキープされ続けてしまうと
相手の自信を崩すことが出来なくなります。

錦織圭はテニス選手としては身長が高い方ではないので
リーチが短いのは仕方がない事ですが、

だったら尚更コート内からの積極的なライジングリターンを使って
相手にどんどんプレッシャーをかけていけばいい感じがします。

後は、フェデラーのような試合に対する
読みの鋭さがあればいいのにって思います。

錦織圭の年収推移は?

獲得賞金のみで見ていくと以下のようになります。
これにスポンサー収入が加わりますので
年収ベースでは、もっと高い伸び率になるものと思われます。

錦織圭に支払っているスポンサー料を公開している企業が
あまりないので、はっきりしないんですが。
()内は、世界ランキング。

2006年 約52万円
2007年 約536万円   (286位)
2008年 約3033万円  (63位)

2009年 約511万円   (418位)
2010年 約1714万円  (96位)
2011年 約7766万円  (25位)

2012年 約1憶448万円 (19位)
2013年 約1憶1809万円(17位)
2014年 約5憶1000万円(5位)

世界ランキングが1桁になったこの年に
年収がガンと上がっていますね。

2015年 約4憶200万円 (4位)
2016年 約4憶8070万円(5位)
2017年 約4億2939万円(22位)

まとめ

・錦織圭プロフィール

・錦織圭の世界ランキングの最新は?

・錦織圭の世界ランキングの推移は?

・錦織圭の年収推移は?

 

錦織圭には「アジアの星」「島根の星」として

これからも活躍を続けて欲しいと思います。

 

 

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