俳優の上地雄輔(40歳)が5月1日に、

自身のSNSを更新して、

 

令和の初日である本日、

第2子が誕生したことを発表しました。

 

所属事務所の話では、性別は公表しないようです。

 

上地雄輔は学生時代、野球が得意で

「平成の怪物」と言われた大投手と?

上地雄輔は野球で大怪我をした?

 

後ほどご紹介するように、

 

上地雄輔は横浜高等学校の2年生の時から

背番号2(正捕手)を背負いましたが、

 

その年の全国高等学校野球選手権神奈川大会の試合中に

右肘の神経を断裂してしまいました。

 

リハビリをしている間は、色々と悩んだようですね。

 

「毎日やっていた筋トレも出来なくなって

何をやっていればいいのか分からず

気持ちが落ち込んでいましたね。

 

神経に響くから、ランニングも無理ですし

それまでは、1日24時間

全て野球の事を考えて過ごしていましたから。

 

僕は。電車の中で立つ場所が決まっていました。

 

動体視力を鍛えるために

電車の外の景色が良く見えるように。

 

こっちに球が来たら

グローブはこう出す、とか

 

バッグは右の肩で背負わないとか

 

とにかくすべて野球中心で

生活が回っていましたから

 

それが出来なくなったから

何をしてよいのか

さっぱり分からなくなってしまって。

 

もう野球は出来ないなと思ったし

 

でも、これがラストチャンスだと思い

別の病院で見てもらったら

 

「今までの病院は、どんな治療をしていたんだ、

すぐにうちの病院に入院して

手術しなきゃだめだよ!

 

それでも治るかどうかは半々だから」

 

それでも、治る可能性があるんでしたら

手術をして下さいといって

手術を受けました。

 

 

上地雄輔には野球の歌がある?

「わんぱく野球バカ」という歌があります。

 

「心臓の鼓動がとまらねえ  だけど相手のピッチャーのみこんで」

という感じで始まる、上地雄輔の横浜高校時代の経験が生かされた

いい曲です。

 

 

そして、

「Take me out to the ball game〜あの・・一緒に観に行きたいっス。お願いします!〜」

と言う曲のPVの中では、

 

松坂大輔とキャッチボールをしています。

 

 

松坂大輔が、いい顔してますよ。

 

 

上地雄輔の中学時代の野球のレベルは?

 

中学時代には計38校からスカウトを受けて

考え抜いた末に私立横浜高等学校に進学しています。

 

初目のうちは木内幸男監督の下で野球がしたいと思い、

茨城県の常総学院高等学校に進学する事を決心していましたが、

 

中学3年の夏に丹波慎也の投球を見て

「僕はこの人の球を受けてみたい」と思って

進路を変更したようです。

 

横浜高等学校に入学して、正捕手を務めることになり

丹波慎也とバッテリーを組みました。

 

丹波慎也は、

松坂大輔よりも投手としての素質があると言われていましたが

17歳の若さで急性心不全のため亡くなっています。

 

横浜高等学校の1年後輩には松坂大輔がいて、

松坂が硬式野球部に入部すると

最初にバッテリーを組んだとか。

 

 

 

 

上地雄輔はプロ野球選手を目指していた?

上地雄輔の少年時代の夢はプロ野球選手でした。

 

1991年(小学生時代)、1994年(中学生時代)と、

全日本選抜メンバーとして世界大会に出場しています。

 

小学生時代はキャプテンを務めてチームをまとめていました。

 

中学時代は軟式野球クラブチームの横須賀スターズで

キャプテンを務めています。

 

上地雄輔が中学3年生の時に、

所属チームは全国大会に出場し、関東大会優勝を果たしました。

 

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