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高萩洋次郎のこれまでの経歴

高萩洋次郎は、地元の植田中に通いながら
Jヴィレッジのサッカースクールに入りました。

ここでJヴィレッジ副社長の
高田豊治に実力を認められて
サンフレッチェ広島ユースへの加入を
勧められました。

2002年、16歳の時に
同ユースに加入した高萩洋次郎は
この強豪チームの中心メンバーとして
活躍しました。

そして翌年の11月
サンフレッチェ広島のトップチームと
プロサッカー選手としての
契約を締結しました。

高校生がプロ契約を交わしたのは
同クラブが始まって以来
初めての事例になります。

高萩洋次郎の
サッカー選手としての才能が
いかに高く評価されたかの証拠です。

こうしてプロデビューした高萩洋次郎は
当時のミハイロ・ペトロビッチ監督に高く評価され
群を抜いたテクニックと高萩独特の感性で
チームへの貢献度を上げてゆきました。

2010年 ナビスコ杯ニューヒーロー賞を受賞。

2012年 Jリーグ戦全試合出場。
チームのJ1初優勝に大きく貢献。

2013年 サッカー日本代表に初めて選ばれて
東アジアカップに出場を果たしました。
この時の背番号はエースナンバーの「10」

しかし次の年、014ブラジルW杯の
代表メンバーに、選ばれませんでした。

高萩洋次郎にとって、
かなりの衝撃的な出来事だったと思います。

しかしこの落選が
次のステップアップの
きっかけになりました。

翌2015年、オーストラリアの
ウエスタン・シドニー・ワンダラーズFCへ
移籍をしました。

オーストラリアのサッカーリーグは
アメフトの選手のような
立派な体格の選手もプレーをしています。

この新しい環境で
もう一度自分のテクニックを鍛え直すことが
高萩洋次郎の目的でした。

このチームに高萩が在籍していたのは
半年ほどでしたが

この期間に対戦した
FCソウルの崔竜沫監督が
高萩洋次郎の実力に惚れ込み
自分のチームへの移籍を要望します。

そしてこの年の6月にソウルへ移籍しました。

 

この移籍に関しては
後ほど紹介させていただく
嫁の助力が
大きかったことと思います。

結果的には、移籍して大成功でした。

韓国FAカップでのチームの優勝に
高萩は大きく貢献し

その結果、
日本人選手としては初の快挙となる
MVP選手の栄冠を勝ち取りました。

韓国リーグの特長として
フィジカル(肉体の強度)が強く
体を張った競り合いなどは
とても厳しい所があります。

これは逆に
日本のサッカーチームの弱点でもあるのですが。

高萩洋次郎は、外国チームでの試合を経て
この辺りがレベルアップして
今シーズンの活躍に結びついていると思います。

2018ロシアW杯へ出場して
大舞台で活躍する姿を見たいですね。

高萩洋次郎プロフィール

生年月日  1986年8月2日(31歳)
出身地   福島県いわき市植田町
身長   183cm
体重   69kg

今シーズンの高萩洋次郎は激しい動きが続いても中々へばらないタフさと
持ち味のパスセンスが高い次元で融合した
プレイスタイルに進化している。

今シーズンの高萩は、
守りを得意とする橋本拳人とペアで
ボランチを担当する機会が増えています。

以前の橋本は豊富な運動量を生かして
ピッチを縦横無尽に走り回るプレーが特長でしたが、

今シーズンから就任した長谷川健太監督から
「出来るだけ後ろの方で攻守のバランスをとってほしい」
という指示を受けています。

それは攻守のバランスを良くするポジションとも言えますが、
同時に、彼の隣にいる高萩の抜群の攻撃センスを
出来るだけ前方で生かすための方針とも言えます。

昨シーズンまでは
アンカー(ディフェンダーの少し前)などを
任されることが多かった高萩は

「今シーズンは長谷川監督からも
積極的に攻撃に絡んで欲しいと言われています。

前に行ける戦い方だと思いますね」と、
監督から攻めてゆく役割を久しぶりに任されて

その期待に何とか答えようと思いながら
プレーをしているようです。

以前の高萩洋次郎は
トップ下や2列目に位置して、
パスセンスでチームを活性化させる
典型的な10番(司令塔)タイプの選手でした。

そんな高萩洋次郎が
オーストラリアや嫁の母国の韓国の
サッカークラブでプレーした後に
タフなプレースタイルに進化を遂げています。

しかし日本に復帰したばかりの昨シーズンは、
変化した部分ばかりが
マスコミに取り上げられがちで、

高萩の本来の持ち味である
パス能力やテクニックを
ゲームの中で生かし切れずにいました。

しかし現時点では
守りについている時のハードワークをこなしながら、

一旦攻撃に転じれば
自身の持てる武器を目一杯発揮して
チームメイトを操る仕事が求められています。

以前から並外れていた攻撃力と、
ここ数年の海外での経験で
身につけたプレーの強さや守りの力。

これらを結合させたパフォーマンスを
高いレベルで試合の中で表現しているのが、
今シーズンの高萩です。

今シーズンの高萩洋次郎は
ボールに対する執着心が凄い。

川崎戦でプレイしたメンバーの中でも
攻激・守備の両面での
高萩の働きぶりは際立っていました。

特に、ボールを奪われた後の
奪い返そうとする気迫は
速さ・強さともにJリーグでもトップレベルです。

サッカー選手にとってとても大事な
ボールへの執着心は味方、敵問わず、

このゲームの中では
高萩洋次郎は群を抜いていました。

自身が守備についている局面で
思い切り相手にアタックして、

ボールを奪うことが出来れば
そこから瞬間的に攻めに切り替えてゆきます。

この切り替えの速さは
意識だけで出来るものではなく、

高いテクニックが伴っているからこそ
成り立ちます。

高萩はチームメイトの速い動き出しに
すぐ反応して、

ある時は正確に足元へボールを送り、
またある時は相手のスキを突く
スルーパスのチャンスをうかがいます。

パスが通ればシュートのチャンスが訪れます。

もし止められてしまっても
瞬間的にヘッドとボディのチャンネルを
守りモードに切り替えて、
相手に切り込んでゆきます。

こういった動きを見ていると
高萩洋次郎の試合中の
動きの質と量のバランスが、

昨シーズンよりも
かなり良くなっていることが確認できます。

高萩洋次郎はタトゥーを入れている?

サッカー選手でも
少なからずタトゥーを入れている方はいますので

金髪にしたり長髪にしたりと
目立ちたがりで自己主張が強い高萩洋次郎なら

タトゥーくらい入れていても
おかしくないと思われているんでしょうね。

夏でも長袖でプレイしていることも
この噂の出た原因と思われます。

 

でも、この画像を見る限り
タトゥーはなさそうですね。

高萩洋次郎は韓国人?

ではないです。
福島県出身のれっきとした日本人です。

数年前、韓国のFCソウルに在籍して
活躍していたので
こういう噂が出たのでしょう。

高萩洋次郎の嫁はブログを書いている?

アメブロを10年間続けていらっしゃいます。
記事数は3403記事。
ほぼ毎日お書きになっていますね。

高萩洋次郎の嫁プロフィール

名前    文理奈(ムン・リナ)
生まれも育ちも東京です。在日韓国人3世です。

ペンネーム Rina Moon

生年月日  1986年5月29日
高萩洋二郎よりも2か月ほど早く生まれました。

2010年7月、24歳の時の
高萩洋次郎との結婚を機に

彼のサッカークラブのある広島で
5年間過ごしました。

2015年1月、高萩洋次郎が移籍した
オーストラリアのシドニーへ同行しました。
(娘が生まれて9か月後)

2015年8月~2016年
自身の母国、韓国のソウルで一年半を過ごしました。

2017年1月 生まれ育った日本へ帰国しました。
そして東京での生活を始めました。
もうすぐ3歳になる娘の子育てに奮闘中です。

芸能活動 歌も歌っていますが
作詞家としての活動のほうが有名です。

有線チャートで上位を取った曲も何曲もあって
かなり力のある作詞家と言って良いと思います。

有線チャート上位獲得曲

2012年6月27日 韓国の「トロット王子」
パク・ヒョンビンの3枚目のシングル
「オッパだけ信じて」の作詞を担当。
有線放送チャートで2週連続1位を獲得

2011年9月21日 韓国の「トロット王子」
パク・ヒョンビンのセカンドシングル
「ゴンドゥレマンドゥ」を作詞。
有線放送チャートで1位獲得

2011年4月20日 韓国の「トロット王子」
パク・ヒョンビンのデビュー曲
「シャバンシャバン」の作詞を担当。
3月30日付けの有線チャートで1位獲得

2011年3月16日「BEAST」デビュー曲
「SHOCK」の作詞を担当。
オリコン初登場で2位を獲得

資格 アスリートフードマイスター2級
これは清宮幸太郎選手の
母親も持っている資格です。

高萩洋次郎のパフォーマンスを
力強く食事の面から支えているわけです。

高萩洋次郎は中村獅童に激似?

うーん、種も畑も違う兄弟?

まとめ

・高萩洋次郎プロフィール

・今シーズンの高萩洋次郎は
激しい動きが続いても中々へばらないタフさと
持ち味のパスセンスが高い次元で融合した
プレイスタイルに進化している。

・今シーズンの高萩洋次郎は
ボールに対する執着心が凄い。

・高萩洋次郎はタトゥーを入れている?

・高萩洋次郎は韓国人?

・高萩洋次郎の嫁プロフィール

・高萩洋次郎は中村獅童に激似?

 

オーストリア、韓国と海外のリーグを経験し

一回りも二回りも大きくプレーのスケールが大きくなって

帰国してくれた高萩洋次郎。

これからも目が離せない選手の一人ですね。

 

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