ブンデスリーガ(ドイツ連邦リーグ)で活躍する伊藤達哉。

ポジションはどこなんでしょう?

海外での反応は、どうなんでしょうか?

調べてみました。

伊藤達哉プロフィール

1997年6月26日生まれ。20歳。
身長 166㎝ 体重 59㎏

東京都台東区出身のプロサッカー選手。
ドイツのハンブルガーSV所属。
ポジションはフォワード。

伊藤達哉は2015年夏に
3年間の契約でハンブルクにやって来ました。

Jリーグを経ずに
いきなり外国のサッカークラブに所属した

日本人のプロサッカー選手としては
かなり珍しい経歴です。

伊藤達哉 ポジション

サイドアタッカーという位置付けになります。

サイドアタッカーとは、

両サイドのタッチライン沿いから
攻撃を仕掛けるポジションの、

フォワードの中のウィングや、
OMF(オフェンシブミッドフィールダー)の中の
SH(サイドハーフ)、

そしてWB(ウイングバック)や
SB(サイドバック)の選手が該当すると思います。

サイドアタッカーの役割とは、
相手の守備が薄いタッチラインに沿った
エリアを使って、

敵の陣地の深い位置までドリブルでボールを運び、

そこからゴール前にクロスボールを蹴り込んだり、
ドリブルで相手を交わしゴール前に切れ込んだりして、
得点に繋がるプレーをすることです。

伊藤達哉 海外の反応

4月上旬の第29節でハンブルガーSVは
2位シャルケ相手に3-2で勝ちました。

これにより昨年11月以来となる
貴重な勝点3を手に入れました。

伊藤達哉はこの試合で先発フル出場しました。。
得意の切れ味鋭いドリブルを使って
2点目の得点をサポートする活躍を見せてくれました。

クラブの公式ページによると
このシャルケ戦での活躍が評判を呼んで、

伊藤達哉のユニフォームがクラブショップで
売り切れてしまったそうです。

身長163cmの小さめのドリブラーは
チームの仲間達から
高い評価を受けるようになって来ましたが、

同時にファンからの人気も急上昇している模様です。



ブンデスリーガ(ドイツ連邦リーグ)は
5月12日に最終節が一斉に始まり

伊藤達哉の所属するサッカーチーム
ハンブルガーSV(HSV)は
ボルシアMGと対戦しました。

この前の37節終了の時点では
勝ち点28で17位のHSVです。

HSVが1部に残るためには、
この最終節で勝つことが絶対条件です。

同時にヴォルフスブルクがケルンに敗れるか、
この2チームが引き分けた場合
得失点差「10」をひっくり返す必要があります。

HSVは瀬戸際に追い込まれています。

1部残留をかけた
本拠地「フォルクスパルクシュタディオン」での大一番では、
フォワード伊藤達哉、主将ディフェンダー 酒井高徳が
2人そろって先発出場を果たししました。

サポーターの大きな声援を受けるHSVです。

前半開始後9分、伊藤が仕掛けて、
ここからコーナーキックを獲得すると、
このこぼれ球をホルトビーがシュートしました。

この場面をビデオ判定した結果、
このシュートが相手の手に当たっていたとして、
HSVにペナルティキックが与えられました。

このチャンスをハントが確実に生かして
1部残留の望みを繋ぐ先制点を挙げました。

サポーターの応援が一層増す中で、
左サイドにいる伊藤達哉も
積極的にボールに絡んでいきます。

 

しかし、次のゴールを決めたのはボルシアMGでした。

カウンターから抜け出したドゥルミッチが
エリア内までボールを持ち運ぶと、
最後は冷静にHSVのディフェンダーを交わして
豪快にゴールネットを揺らしました。

前半は1-1のまま終了。

後半が始まり、
この試合を落とせないHSVが猛攻撃をかけます。

48分経過後、伊藤がドリブルから
カットインしシュートを放ちましたが、
ここは相手のゴールキーパーに防がれました。

その後も、伊藤は繰り返しドリブルで
相手と勝負を仕掛けるなどして、
攻撃的な姿勢を見せました。

59分経過後、
とても危ない場面を迎えたHSVですが、
酒井高がゴールライン上で体を張って
相手のシュートをクリアします。

一部残留を信じて、HSVが最後まで戦い続けます。

62分経過し、伊藤がアシストを記録。

何度もキレをみせていた伊藤は
得意としているドリブルからエリアの中に
低めのセンタリングを送ると、

これを受けたホルトビーが
見事にゴールを決めました。

ここで再度リードしたHSVでしたが、
ウッドが2枚目の警告を受けて退場してしまいます。
選手の数が足りなくなる事態に陥りました。

そして終盤、2部降格が間近に迫った
HSVの過激な応援団達が
発煙筒や爆竹を
会場内に投げ込む騒ぎを起こします。

この状況で機動隊が出動し、
選手たちも一時避難するはめに。
試合は中断してしまいます。

この騒ぎの間に他の会場の試合は終了しました。

ヴォルフスブルクがケルンに勝ったために、
試合の終了を待たずにHSVは
2部降格が決定してしまいます。

思わず伊藤は目頭を濡らします。

15分後に再開された試合では
両者ともに得点がなく。
2-1でHSVが勝利しました。

ブンデスリーガ(連邦リーグ)が創設された
1963-64年のシーズンから、
これまで一度も2部に降格したことがなかったHSVです。

55年間1部で戦う栄光のクラブが、
遂に史上初めて
2部に降格することになってしまいました。

 

伊藤達哉は1年目をU-19チームで、
2年目はツヴァイテ(二軍)に所属し
レギオナルリーガ(地方リーグ)で過ごし、

そして3年目の今シーズン半ばの時点で
トップ(一軍)に昇格しました。

今季第33節が終了した時点で
19試合に出場し、11試合に先発。

その間の活躍が認められて
契約延長をもぎ取りました。

その伊藤自身の言葉です。

「試合の中での僕のボールを持ってのプレーは
通用してるって間違いなく言い切れます。

でも以前からの課題でもあるんですけど、
得点をガンガン取るというタイプの選手じゃないです。

どちらかというと僕は点を取る前の役割というのか、
仕留める選手のお膳立てをする感じです。

僕が監督から要求されている事は、
両サイドで1対1で競り合って
相手の守りをを崩してくれという事。

1対1って
いかにビビらずに相手に向かって行けるかですから、
そこは、ある程度自信あります。

高校3年生の時の夏にHSVからオファーをもらって、
ドイツに行くことにためらいは全くなかったです。

僕は子供の頃からからJリーグも全く見てなくて、
海外のサッカーばっかり毎週見ていました。

海外のサッカー選手たちが
僕にとってのアイドルだったので。

でもせっかく海外でプレーし始めたのに
2カ月も経たないうちに膝をケガしちゃったんです。
そこから8ヶ月くらいプレイ出来なかった。

その時思った事は

本当に、人生賭けてはるばるドイツまで来たのに、
いきなり怪我してサッカーができなくなっちゃて
僕って何してるんだろうって。

その間はドイツ語を集中的に勉強しました。

サッカーが全くできなかったので、
スタッフに無理を言って
毎日4時間とか5時間くらい無我夢中で勉強しました。

『今の僕にはこれしか出来ないからお願いします』
って言って。

でも、この時の勉強が今生きてます。

僕が唯一つ人に誇れる事は、
その場その場で自分が出来る事は
1つも残さず全部やるようにしてることです。

結局どんな目標があっても、毎日毎日、

その日のうちに
 自分で一番できること以上の事は
 出来ませんよね。

僕がもし今日本にいれば、 友達もいるし、
楽しいことも沢山あるだろうなと思います。

Jリーガーなんて女の子に凄くモテるんだろうし。
誘惑もいっぱいあるんだろうなと思いますね。

でも僕はこうしてドイツにいる限り、
サッカーしかやる事ないですから」

 

 

伊藤達哉がこれまで先発出場した試合では
1つ気になる課題がありました。

それは持久力の不足です。

具体的に言うと、
後半に入ると足がつる事などです。

それがこの試合では
トップチームで初のフル出場を果たしました。

これについてチームメイトのファン・ドロンゲレンは
「彼は毎日ハードな練習をこなしているよ。

ピッチの上では勿論のこと、
ジムでも一生懸命に体づくりに励んでいるよ」
と明かしました。

しかし伊藤達哉を指導している
ティッツ監督によると、
彼が90分間フルにプレーできるようになった理由は
それだけではないようです。。

「伊藤は1対1で相手と競り合いをする場合
人並みはずれた能力を持っているから、

相手を置き去りにしてくれればいいんだと
話している。
もう一つ、伊藤はエネルギーの配分を覚えたんだ。

ゲームの時間内での彼の走行距離も
前よりもだいぶ短くなっているよ」

以前、U-21チームの時も
伊藤を指導していたティッツ監督。

ゲームの時間一杯走り続けるのではなく、
その時の状況次第では
上手に手を抜く技術を体で覚えた伊藤が、

より攻撃的な状況を作りながら

以前よりも長い時間
プレーし続ける事が出来るようになった事を
証言しました。

まとめ

伊藤達哉プロフィール

伊藤達哉はハンブルガー所属

伊藤達哉 ポジション

伊藤達哉 海外の反応

 

海外でサッカーに自らの人生を賭けている

伊藤達哉。

これからも目が離せませんね。

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